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旧シリア国家実効支配地域

 ☆Tal Afar出身のトルクメン人曰く:

  ”我々は地域からトルコ侵略軍も

   I$I$もいなくなってほしい”

 

 ラッカ北部の安全地帯に逃れてきたTal Afar出身のトルクメン人は、”我々は、我々の土地からI$I$やトルコ侵略軍みたいなヨソ者の鬱陶しいのがいなくなって欲しい。あなた方はスンニ派とシーア派が共生できる方法を知ってるやろ?”と言った。

スンニ派とシーア派といったイスラム教両派のトルクメン人を都合上利用し犠牲ともする中で、トルコ国家やイラン国家のトルクメン人の住む場での地下資源獲得合戦およびイニシアティヴ獲得合戦は続いている。”対I$I$”は奴らにとって都合上の隠れ蓑であるにすぎない。

 

Tuesday, March 28, 2017

イラク国家実効支配地域における戦争は、スンニ派とシーア派というイスラム教両派の大規模な内ゲバ戦争的なものに変わり、Tal Afarに住むシーア派トルクメン人たちは、I$I$によって移住を強いられるか大量虐殺された。イラク国家と同盟した武装組織群がモスル作戦を開始すると、それらトルクメン人たちはTal Afarに還った。そしてその時、スンニ派トルクメン人らはシーア派による大量虐殺を恐れてシリア国家実効支配地域北部を横切っていた。スンニ派トルクメン人の多くはラッカやTabqaに定着した。そして今、スンニ派トルクメン人はシリア民主軍(SDF)に解放された場にある安全地帯に移住した。

Tabqa出身の5000名もの移住せざるを得なかった個々人や難民には、イラク国家実効支配地域からラッカに移住したTal Afar出身の多くのスンニ派トルクメン人家族がいる。

 

ANF Images

クルディスタン北部

 ☆ディヤルバクルのネヴローズに

  参加した大学生Kurkut氏は

   警官共に射殺された

 

 

 トルコ国家暴力団総本部AKP一家が内国植民地として国家暴力全開で襲いかかっているクルディスタン北部ディヤルバクルで、AKP一家の私兵である警官どもによって3月21日に”自爆テロ犯”とされて射殺された若者は、ケマル・クルクートという人物であると特定された。氏はMalatyaからディヤルバクルにネヴローズ祭典に参加するために旅していた。AKP一家の警官という名の私兵共は、半裸で逃げ惑うクルクート氏を仕留める国家テロを容赦なくやり切り、クルクート氏は、その生を強制的に終わらせられた…”自爆テロ犯”という奴らが強いた戒名を付されて。

いずれにせよ、彼の命は戻ってこない。

Wednesday, March 22, 2017

 

 

クルディスタン北部ディヤルバクルで行われたネヴローズ祭典時に警官どもが”自爆テロ容疑者”として射殺した半裸の若者は、大学生のケマル・クルクート氏であると特定された。その氏の遺体はMalatyaで葬られるために氏の家族に引き渡された。氏の家族は、射殺された氏が自爆テロ犯であったとのAKP一家の警察という私兵どもの突然降ってわいたわけのわからない主張を当然のことながら拒絶した。 ”自爆テロ容疑者”として国家テロリストである警官という名の射殺犯どもが殺害した半裸の若者は、ケマル・クルクートという名の大学生で、Adıyamanで生まれたと特定された。警官共に氏が撃たれた10分後に到着した救急車が病院に搬送したが、その病院で死亡が確認された。クルクート氏はİnönü大学美術学部音楽科の学生であった。彼はMalatyaで生まれ…彼の遺体は、突然彼を葬ることを強制された彼の家族によってMalatya法医学研究所から引き取られた。

故クルクート氏の葬送は、MalatyaのBatalgazi地区で3月22日に家族によって執り行われた。

 

クルディスタン北部

 ☆シルナク県−Cudi山地で

  トルコ侵略軍が軍事作戦開始

 

 

 トルコ侵略軍は、クルディスタン北部Şırnak県のクジ(Cudi)山地での新たな軍事作戦を開始した。Cudi山の麓には県都シルナクがあり、イディル、シロピやジズレといったトルコ侵略軍の砲撃や空襲などの蛮行で多くが廃墟と更地に化した町もある。

 

Wednesday, March 22, 2017

 

 

 

現地からの複数の情報によれば、トルコ侵略軍はクルディスタン北部シルナク県のCudi山地での軍事作戦を開始したという。これに伴う同地での夜間外出禁止令などについての情報は今のところ、手元にない。

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トルコ国家実効支配地域

 ☆Dersim、Antalya両県で

  30名以上が警察に拘束連行さる

 30名以上がDersim、Antalya両県で警察によって拘束連行された。

 

Wednesday, March 22, 2017

ネヴローズ後の政治的弾圧作戦の一環として、トルコ国家暴力団総本部AKP一家宮廷政権は、当然のように拘束連行を続けている。4月16日の改憲独裁を問うAKP一家のシマの中での住民投票を前に、奴らの意向による弾圧作戦群は、そのペースを上げている。Dersimの11名は、警察部隊による家宅急襲によって拘束連行され、Antalyaの20名はネヴローズ祭典後に拘束連行された。

 

ANTALYA

 

トルコ国家実効支配地域南西部のアンタルヤで、警察部隊が3月21日のネヴローズ祭典を襲った時、この祭典が伝えてきた抵抗の火とその精神を事実行為とした会場参加者は、投石で反撃した。結果として起こったイザコザで、警察はイザコザをつくっておきながら不当にも20名を当然のように拘束連行した。その20名はKepez地区治安理事会管轄下のHal警察署に連行された。

地中海沿岸のアンタルヤは、数百キロ南東沖にキプロス島がある地だ。同島に最も近い県南東部からは100キロくらいとなる。キプロス島は、ご存知の通り、北半分をトルコ国家が傀儡国家を分離独立させた地である。当然ながら、同地を侵略したトルコ国家の他に”北キプロス”なるトルコ国家の傀儡国家を承認しているは極少数である。

 

トルコ国家実効支配地域

 ☆3都市のネヴローズ祭典後に

  69名がAKP一家私兵どもに

   拘束連行さる

 

 

 Bingöl、Batman、İzmirの3県の3都市でのネヴローズ(クルド新年)祭典後に69名以上がトルコ国家暴力団総本部AKP一家の警察という私兵共に拘束監禁された。

 

Tuesday, March 21, 2017

Bingöl県のネヴローズ祭典終了後に、”複数のスローガンを唱えた”とされたその場で若者7名が警察に拘束連行された。7名は県警本部に連行された。

バトマンのネヴローズ祭典に参加していた6名が、携行した黄・赤・緑の布地や着用した伝統的民族衣装のために警察に拘束監禁された。

同時に、計56名に及ぶİzmir県のネヴローズ参加者が、祭典の間に黄・赤・緑の旗や布地を携行していたとして祭典後にその場で拘束連行された。

 

 

 

クルディスタン北部

 ☆ハッキャリ県ユクセコヴァでの

  ネヴローズ祭典に警察特殊部隊が

   襲いかかり、3名が負傷、

    10名が拘束連行さる

 クルディスタン南部(バシュール)や同東部(ロジャラート)とも近接したクルディスタン北部ハッキャリ県ユクセコヴァ(Gever)で、トルコ国家暴力団総本部AKP一家の意向を受けた警察特殊部隊が複数の武装装甲車両でネヴローズ会場に乗り付けて”俺らは、お前らにネヴローズなんか祝わせてやらんからよ”と吐き付けて参加者に襲いかかった。このため、参加者3名が負傷し、10名以上が意味不明にも拘束連行された。

 

 

Tuesday, March 21, 2017

クルディスタン北部ハッキャリ県ユクセコヴァ(Gever)地区でクルド新年(ネヴローズ)の日である3月21日に”我々は必ず勝利するだろう”を掲げて行われたネヴローズ祭典に内国植民地抑圧支配当事者たるトルコ国家暴力団総本部AKP一家の私兵である警察特殊部隊が乗り込んできて襲いかかった。

ネヴローズの火=抑圧者への抵抗の火を精神にも灯した参加者は、祭典参加者の拘束連行を目論む抑圧者そのままの警察特殊部隊に当然ながら抗議した。それを見て、会場の方々で警察部隊が複数の武装装甲車両で押し入り、催涙ガスで祭典参加者に襲い掛かり始めた。この弾圧作戦で3名が負傷させられ、10名以上が拘束連行された。

 

卑劣な内国植民地抑圧者どもの襲撃によって老人たちが気絶したほどであったが、AKP一家の私兵共による弾圧と挑発が続いている。

 

クルディスタン北部

 ☆Mardin県Nusaybin地区の

  10村に夜間外出禁止令

 

 トルコ国家暴力団総本部AKP一家の私兵どもであるトルコ治安部隊は、奴らによって続く”PKK”に対する軍事作戦とされるものの最中に、クルディスタン北部の都市群郊外の村々で意味不明な攻囲を続けている。その一つが”国境の町”Nusaybin近郊である。内国植民地クルディスタン北部に対するトルコ国家の扱いは、言うまでもなく”植民地”であり、”植民地民”であり、奴らの言うところの国家の統合性とやらから言っても”二等国民”であり”二等トルコ人”である。

 

Monday, March 20, 2017

またもやクルディスタン北部Mardin県Nusaybin近郊の10村にトルコ国家暴力団総本部の意向を受けた県知事が、住民の都合を考えに入れることなく勝手に発行した住民生活を滞らせ破壊する”夜間外出禁止令”なる奴らのヤリタイ放題を発行した。

同県知事の声明によれば、この夜間外出禁止令は、Yakınca、Bahminin、Kaleli、Güzelsu、Yol、Dibek、Üçyol、Dağiçi、Şekrin、 Eskihisarの10村の住民の暮らしを破壊する夜間外出禁止令は3月20日から行われ、更なる解除の告知が発布されるまで遠慮会釈なく毎度のように住民の都合を無視して行われる。

 

 

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クルディスタン北部

 ☆ディヤルバクルで

  ネヴローズ取材の

   ドイツ人記者が

    警察装甲車両に

     拘束連行さる

 

 明日に控えたクルド新年(=Newroz=ネヴローズ)の祭典を取材するためにディヤルバクルを来訪していたドイツ人記者が警察によって拘束連行された。

 

Monday, March 20, 2017

 明日に控えたクルド新年(=Newroz=ネヴローズ)の祭典を取材するためにハンブルクからディヤルバクルに来訪していたドイツ人記者が警察によって拘束連行された。

同記者は、ディヤルバクル県Ofis地区で住民によってネヴローズ祭典に招待された人民民主党(HDP)や民主地域党関係者らを取材中に警官共によって制止され、警察武装装甲車両に押し込まれる前に身体検査を強いられた。

複数の警官共が、その場に居合わせたDihaber記者をも拘束連行しようとしたが、地域住民の抗議の反応を受けて拘束監禁できなかった。

警察に意味不明なことに調書を取られた後、30分後に解放されたドイツ人記者は、地域HDP関係者の”野蛮極まりない警察”からの解放努力に感謝していた。

 

 

クルディスタン北部

 ☆Van県Çaldıran地区で

  警察部隊に25名拘束監禁さる

 

 

 トルコ国家暴力団総本部の意向を受けたその手先の警察部隊による政治的大弾圧作戦が、ネヴローズ(クルド新年)である3月21日や”改憲と権限強化された大統領制”に向けた住民投票日であると奴らが勝手に設定した4月16日に向けて増加し続けている。Van(ワン)湖や泳ぎのうまいワン猫で知られる地は、奴らの随時の攻撃が住民に対して行われ続けている地でもある。当然ながら、それら攻撃に対する抵抗も存在する。当方は可能な限り、奴らの攻撃や暴力によってクルディスタン各地で起こった犠牲を抽出し可能な限り紹介することで、”ウルトラ極左”の暴力によって”地域の平穏が破壊されている”などといったトルコ国家自らの加害を一切触れない統治機構都合の情報とは別の情報を可能な限り掲示していく予定である。

 

Monday, March 20, 2017
 

 警察部隊は、3月19日夜、クルディスタン北部Van県Çaldıran地区の幾つかの場にある数カ所の家宅を急襲した。

トルコ行進曲を大音量で垂れ流した武装装甲車両群でそれらの地区への出入りを封鎖し、警察部隊は弾圧作戦で奴らが狙った家宅群のドアを破壊して押し入り、25名を拘束連行した。なお、25名の容疑や連行先、どういった個々人であったのかは今のところ不明である。

 

 

トルコ国家実効支配地域

 ☆ネヴローズと改憲独裁強化を

  問う住民投票を前にした

   弾圧作戦で13名拘束監禁さる

 

 

 トルコ国家暴力団総本部AKP一家と極右MHP一家によるネヴローズ(クルド新年=3月21日)と改憲独裁強化を問う住民投票(4月16日)に向けた弾圧作戦が奴らの手先である司呆(司法ともいうらしい)とやらと警察部隊によって続いている。Osmaniyeやウルファでは、同時多発家宅急襲群によって13名が拘束連行された。もちろん、目的は奴らの独裁を強化するためである。

 

Sunday, March 19, 2017

 トルコ国家暴力団総本部AKP一家と極右MHP一家によるネヴローズ(クルド新年=3月21日)と改憲独裁強化を問う住民投票に向けた弾圧作戦が奴らの手先である司呆(司法ともいうらしい)とやらと警察部隊によって続いている。Osmaniyeやウルファでは、同時多発家宅急襲群によって13名が拘束連行された。もちろん、目的は奴らの独裁を強化するためである。

ウルファ市中心部と郡部で警察部隊による複数の家宅急襲が行われ、6名が拘束監禁された。3月18日夜に執行猶予を付けて解放されたRojava Medyaとリバタリアン民主新聞(Libertarian Democracy)の発行人であるGülsüm Çiçek氏、人民民主党(HDP)Viranşehir地区支部メンバー5名の計6名がシャンルウルファ県警本部に連行された。

ほかの多数の警察部隊に狙われた家宅群でも3月18日夜に急襲が行われたが、急襲対象家屋群が現在不在であるため、拘束連行は実行されなかった。

 

OSMANİYEで7名拘束監禁さる

 

Osmaniyeの多くの家屋群も3月19日朝、同時多発的に急襲を受けた。